1 最高の住環境
平成6年3月末、私と妻は内示を受けた北海道旭川養護学校へ挨拶に出かけました。職場の様子を知るのはもちろん私達転勤族にとって、住宅探しも大事な事です。学校は、以前勤めていた北海道八雲養護学校と同じように、病院と併設さてており、廊下でつながっており、生徒さんは廊下を通って通学されているとのことです。校内を見せもらい、前任者と簡単な事務引継を受けました。
さて、肝心の私達の住宅ですが、校地内に一軒古い空き家があるが、あまりに古いので市内にあるアパートはどうだろうという事務長さんの提案でした。早速、校地内の住宅を妻と見せていただきました。その年は雪の多い年で、その古い住宅は完全に雪に埋まり、玄関のドアも開ける事が出来ません。聞けば築39年の木造とのことで、事務長さんはさかんに新しいアパートに入るようすすめて下さいました。しかし、無精な私にとって学校の玄関まで僅か50mの距離にあること、そして、最大の理由は旭川市内でも最も高いところに位置していることで、その場でこの今にもくずれそうなぼろ屋に住むことにしました。事務長さんはじめ皆さんは私の選択をあきれていましたが、とにかくこの家に決めました。3月の末というのに雪は2m近く残っており、隣の平屋は見えませんでした。
4月1日、引っ越し荷物にパンザマストを積んで赴任しました。旭川のハムの皆さんがたくさんお手伝いに駆けつけてくださいました。新しい学校の職員も手伝いにきてくれましたが、なんと言ってもパンザマストがトラックから家財道具と一緒に降ろされるのにビックリ、
「なんだ、この煙突のお化けみたいの?」と不思議そうにながめていました。煙突のお化けみたいなものが10本も出てくるのですから、普通の人は驚くのは当たり前でしょう。5月の連休までにこのパンザマストを建てる許可を校長からもらい、アンテナ上げの準備をしました。幸いこの老朽化した築39年の住宅は私が最後の住人で、私が出た後は取り壊すとのことで、ケーブルの穴をどこに開けてもかまわないというありがたいお許しまで出ました。
この古い住宅は私にとっては最高の住宅になりました。ウィスキーの水割りを作っておくと、朝まで氷が溶けないという天然冷凍庫(冷蔵庫ではありません)で、ノンベーの私には大変良い環境でした。ある時、妻がトイレに入ると突然床板がくずれて、危なく重力式の便層に落ちそうになったとのことでした。トイレの床板を補強する工事をやってもらいました。また、ある時私が帰宅して玄関のドアを開けようとするとドアが開きません。電気もついており妻がいるようなので、ドンドンドアを叩きますと、妻がドアの向こうから、
「今日の午後からドアが開かないの。窓から入って!」とのこと。
しかし、職場まで30秒、そして旭川市内で最も高い場所と私にとっては最高の住環境となりました。
2 アマチュア無線か転居か
旭川の学校に赴任して、アマチュア無線のために職場の皆さんの心配をよそに、超古い住宅を選びました。なんといっても旭川の住宅街としては最も高台に建っている住宅で、ここにアンテナを上げることが楽しみでした。新学期がはじまりあっという間に5月の連休が近づきました。私の住宅は北海道教育委員会の管轄する道有地に建っていますので、アンテナを上げるには学校長の許可が必要です。これまで同じ条件で許可を得た申請書を書き事務部へ提出しました。ところがこれまでなんの問題もなく降りていた建設許可が下りてこないのです。校地などを実際に管理している事務部から決裁者である校長に書類が回って行かないのです。どうして書類が回らないのか事務部に確認すると、
「前例がない」との回答です。この職場では前例がないかもしれませんが、同じ道立学校で20年間も許可が出ていたのです。
「分かりました、5月の連休に民間の借家に移ります。」意を決して近くの借家を探しはじめました。1週間程で適当な広さの庭付きの家がみつかり、大家さんからパンザマストを建てる許可もとりつけました。そこで、事務部に今の住宅の明け渡し予告をしますと、
「ほんとに動くんですか?」
「アンテナを上げられないので移転します。」
「そうですか、もう一回検討しますので待って下さい。」こんなやりとりが午前中にありました。ところが午後には、
「校長からの決裁が出ましたので、アンテナを上げてもいいです。」急転直下の許可証を手にすることができたのです。これで最高の高台でアマチュア局を運用できることになりました。
3 学校の屋上をジャックしたPTA会長さん
学校の前の住宅に20m高のアンテナを上げたことで、生徒さんや父母の皆さんにもすぐ私の道楽が分かってしましました。アンテナを5月の5日、こどもの日に上げてほんの2〜3日もしないうちに、学校のPTAの会長さんが住宅に訪ねて来られました。瞬間なにか学校の事で課題があり、相談に来られたのだと思いましたが、これは私の早合点で、なんと会長さんもハムで、シャック訪問に来られたとのことでした。無線談義に花を咲かせていると、
「先生、学校に無線クラブを作って下さい。生徒に免許を取らせたいのです。」、願ってもない申し出がPTA会長さんから出たのです。アマチュア無線を学校に普及させるには、まず、職員や保護者の皆さんにアマチュア無線の理解を深める必要があります。この理解を得るまでには時として何年もかかる事があるのです。それが、PTA会長さんがハムで、保護者の方からアマチュア無線を広めてほしいとの申し出をいただいたのですから、こんなありがたいことはありません。
私は、つくずく幸運な人間だと思います。アマチュア無線の禁止されているタイの日本人学校に行って、PTA会長さんがJA1BAR西野さん、北海道八雲養護学校の3人のPTA会長さんもハム、そして、北海道旭川養護学校のPTA会長さんもハムだったのです。
PTA会長さんと私は、夜の更けるのも忘れて、学校にアマチュア無線クラブを作る構想を話し合いました。
「先生方の理解も得なければならないし」
「先生方?、3人も免許のある先生がいますよ。生徒の入院している病院にも看護士さんでアクティブに電波を出してますよ。」
「え! 3人も職員がハムなんですか?」まだ着任1月ほどの私は知らなかったのです。
早速PTA会長さんと構想を練った「アマチュア無線クラブ」の設立に向けて計画を進行しました。まず6月の学校参観日にPTA会長さんと私たち職員で教室の一郭でアマチュア無線を運用して生徒さんや保護者、職員に見せることになりました。それで、学校の屋上の柵に144MhzのGPと7Mhzのダイポールアンテナくらい上げたいと思いました。それで、また、なかなか許可が出ないかと思いましたが、事務部に趣旨を話して架設アンテナを1日上げる許可を打診しました。結果はやはり想像していたとおり、危険だから許可できないとのことでした。このことをPTA会長さんに伝えると、
「分かりました。私がPTAの事業として、朝に屋上に勝手にアンテナを上げて来ます。」と言って本当に屋上にアンテナを上げて来たのです。そして、PTA会長さん自ら教室の一郭で電波を出されデモストレーション交信をして下さいました。もちろん生徒さんや父母の皆さんは、いっぱい集まって来てこのデモ交信を見学しました。私は、事務部で許可しないと言っているアンテナを使って交信するわけにもいかず困ってしましました。しかし、このPTA会長さんのお陰で生徒や父母、職員のアマチュア無線に対する理解は急速に深まったのです。そして、生徒さん、保護者、職員、病院の職員から免許を取りたいという要望が強くなって来たのです。まもなく学校内で養成課程講習会を開催までこぎ着けることが出来たのは、このPTA会長さんのお陰だったのです。
このPTA会長さんの在任中、もう一つ新しい事をこのPTA会長さんは提案され、実現しました。それは、本校を卒業すると各地の高等部や施設に行ってしまい。親同士の連携が出来ないという現状を打破しようと、「卒業生親の会」を結成しようと呼びかけ、これを実現されました。私は、PTAの事務局員という立場でこのPTA会長さんを補佐していました。PTAの役員会では賛否両論で「卒業生親の会」の結成には消極的、または、反対の方が沢山いました。私は、事務局員として、この会の立ち上げまでをお手伝いしましたが、すぐ転勤となり、会の存続を心配していました。すでに10年の歳月が過ぎていますが、毎年この「卒業生親の会」から総会や行事の案内が届いています。このPTA会長さんの献身的なお世話で会の活動は続いているのです。
私は、58年の人生を通して、物事は最初は、「個人の力」で動き出すものだという事が体験として分かりました。組織は、そのことが必要だと分かっていても組織の都合が優先し判断してしまいます。反対に、組織の維持のために不必要と思われることを延々と継続するのです。
4 アマチュア無線局は学校に開設出来るのか?
お陰で、生徒さん、保護者の皆さん、学校職員、病院の看護婦さん、地域の方々など40人が第4級アマチュア無線技士の資格を手にしました。そこで、念願のアマチュア無線クラブを作ることになり、学校の職員会議で認められ、めでたく教育課程のなかに、アマチュア無線クラブが位置づけられました。そこから、問題が発生しました。事務部から、無線クラブを作ることはいいが、「学校に無線局を開設することは認められない」とアマチュア局の開設に待ったがかかったのです。私が、アマチュア無線局は、所定の手続きをすれば、簡単に郵政省から免許になると説明しても、事務部では、例えば、スクールバスの無線は、北海道教育委員会教育長名義で申請して得られるもので、申請手続きには教育長の印が必要で、一教員が代表者になって免許になる分けがないというのです。
それで、あきれたことに札幌の電監まで事務職員を派遣して、調査してくるとの事でした。JARL北海道地方本部長のいる職場から、学校アマチュア無線クラブの申請は、教育長か個人か聞きに行く、それも出張旅費をかけていくというのです。これがお役所仕事です。これが現実なのです。私は、恥ずかしくて電監に行けななります。もちろん電監の施設課では、スクールバスの無線の免許とアマチュア無線の免許では、全く違い、学校の職員が代表となって申請出来る事を丁寧に説明してくれたと思います。学校も一つのお役所ですが、お役人には(私もこっぱ役人か?)こういう石頭というか、物事を理解できない人がいて市民に多大な迷惑をかけているのです。
この調査で、めでたくアマチュア無線局の開設申請までこぎ着けることが出来ました−−−−が、次の難関は、アンテナを校舎屋上に上げられるかという事です。私が勤務したこれまでの学校は、例外中の例外で、なんの障害もなくアンテナを学校の校舎に上げることが出来ました。よく、高校の無線クラブの先生方が、「学校からアンテナ建設に許可が出なくて困っている。」という話を聞いていましたが、これは本当だったのです。やはり事務部は、学校の屋上にアンテナを上げる事にまったをかけて来ました。このアンテナは、屋上にタワーを上げようとか壁に穴を開けるとか工事を伴うようなものではなく(理想はありましたがきっと難航すると思って)屋上の柵に、ワイヤーを張る程度の計画を提出しましたが、これも不許可になってしまいました。それで、前述のPTA会長さんに相談すると、前回同様、屋上をジャックして勝手に上げてくれるという事になりました。hi 新聞やTVには、「障害の重い生徒さんがクラブ局開局」などと大きく報道されていましたが、現状は、無許可で上げたアンテナから細々と電波を出していたのです。
私は、今は、このような職員の計画した事を認め援助し、指導する立場になっています。法律に反したことは許可できませんが、生徒さんや職員が計画したことは、可能な限り実現できるよう努力しています。