実践アンプの製作
著者 おじさん JA8ATG 原 恒 夫
1 はじめてのアンプ
私がはじめてアンプに触る機会があったのは、昭和28年で当時小学校5年生でした。仕事で父が赴任した幌加内町新富という農村地帯でした。雪が深く4mの積雪のあることもありました。気温は、年に何回かマイナス30度以下になることがありました。「ラジオ少年」であった私は、鉱石ラジオ、並三、並四とラジオ作りを楽しんでいました。そんなある時、私のラジオ作りを聞いて、村の区長さんがやってきました。
「置いてある有線放送用のアンプが壊れたので直してほしい」
と言うことでした。翌日、私は父に連れられてそのアンプを見に行くことになりました。この「有線放送」というのは、区長さんのところにアンプがあって、針金一本で村々の家に連絡などを放送してくれるという当時の最新情報伝達装置でした。線は、本当に針金1本で、専用の3m位の木柱にくくりつけられていて、40戸ほどの村内の家々につながっていました。もう片方の線は、接地して大地を片線分利用しているのです。それで、区長さんが
「ニシンの注文をとります!」
「原さんは何箱注文しますか?」
と放送してくるので、
「一箱頼みます!!!!」
と家のスピーカーの前で父が大声でどなります。まるで直接区長さんの家に聞こえる位の大声でスピーカーの前でどならなければ、有線放送では区長さんには聞こえないのです。なんせ、家のスピーカーにはアンプが入っていないので、スピーカーの起電力だけが針金を通って音声電流が流れて行くのです。
そんな有線放送のアンプがどんなものか私は見たこともありませんでした。はんだごて、テスター、ほんの少しの手持ち部品を持った父と私は、30分ほど歩いて区長さんのお宅にたどり着きました。
初めて見る有線放送のアンプは、これも初めてみる807というデカイ真空管の他、何本かの真空管のついた立派な物でした。早速ケースをはずして中を見てみます。テスターで電源の電圧を測かるとなんと500V近くもB+がかかっています。はらわたを眺め回すと抵抗が白く焼けているのが見えました。
「これだ!」
どうなるか全く自信のなかった私は、原因を発見して安心しました。白く焼けた抵抗の表面にうっすらと50kΩと読みとれました。手持ちの30kΩをつけてみました。おそるおそる電源スイッチを入れてみると、スピーカーからブーンとハム音が聞こえはじめました。
「オッ! 直ったぞ!」
区長さんが早速近くの家を呼び出しました。
「一線の山田さんの父さん聞こえるかい!、どうぞ!」
受信に切り替えるとブーン、シーンという大きな音の中に、
「区長さん聞こえるぞ。なんの用だ!」という怒鳴り声が聞こえて来ました。
「こんな風に聞こえるのか」
私は、はじめての有線放送の親機の様子に感動しました。
「つねちゃん。ありがとう。直ったぞ。幌加内からラジオ屋さんを呼ぶと大変な金がかかるから助かったぞ!」
と言って区長さんは大喜びです。
区長さんの奥さんは熱いお茶とお菓子を出してくれました。不安げに見ていった父も安心してお茶を飲んでいました。
私がアンプに初めて触れた日でした。
2 基本構想
おじさんの無線室に置いておくステレオアンプを作ることにしました。6畳くらいの小さな部屋ですから出力は2〜3Wもあれば充分でしょう。ソースはCDプレーヤーですから結構出力が大きいので低周波一段増幅で良さそうです。電力増幅は、ポピュラーな6AR5シングルにしましょう。もう少し大きめの6AQ5でもいいでしょう。6AR5が売れ筋ですから価格が高いかもしれません。新しく求めるなら6AQ5の方が安いかもしれません。6BQ5にするとシングルでも5W近く出ますから本格的なアンプになりますが、電源トランス、出力トランスもとても高価になりますんで、5球スーパー用トランスが使える6AR5で我慢しましょう。6AR5シングル×2でも5W近くも出ますから、一人で聞くには充分でしょう。
前段の低周波増幅管は、6AV6でいいと思いますが、6AV6は価格が高いので、安い5極管6BA6にします。CDプレーヤーとつないでみて、5極管接続としてゲインを稼ぐか、3極管接続で使うか考えることにします。
ただ、CDプレーヤーの出力インピーダンスは、1kΩ以下のローインピーダンスですから、真空管の入力インピーダンスと合いません。ステップアップしてやる必要があります。本格的には600Ω:50kΩなどのトランスがありますが、とても高価なので、トランジスター用段間トランスを使います。トランジスター用と言っても電流せえ流さなければ結構良い周波数特性を持っています。この程度のアンプには充分だと思います。
整流は、安いシリコンダイオードに任せましょう。
3 部品の調達
最近は、真空管用のパーツの価格が高騰していて、こんな小さなアンプでも製作するには結構な経費がかかります。WEB SHOP 「ラジオ少年」の頒布品を使用します。
真空管 6AR5と6BA6は手持ちの中古品を使用しました。
電源トランス これは、5球スーパー用電源トランス 250V×2 60mA WEB SHOP 「ラジオ少年」 の頒布品を使います。 このトランスは立ち型、リード線タイプです。銅板シールド帯がついた高級品です。ここでは、ダイオードで整流していますので、整流管のヒーター消費電流分約5Wは+Bを余計に取れるでしょう。
入力トランス 先に触れましたが、CDプレーヤーの出力インピーダンスと真空管の入力インピーダンスを合わせるため山水のトランジスタ用トランスST−14 1kΩ:500kΩを使います。これは札幌の狸小路7丁目の「梅沢無線」より購入しました。400円ほどだったと思います。
出力トランス 本格的なアンプ用のトランスは、とても高価なので、5球スーパー用の安いものを使います。これもWEB SHOP 「ラジオ少年」頒布のトランスです。
チョークコイル アンプなのでリップルの少ない高品位の電源を確保しましょう。その為には、電源のフイルターはしっかり設計したいものです。これもWEB SHOP 「ラジオ少年」 頒布品を使います。シールドタイプで安心して使えます。
電解コンデンサー はじめ、小型の400V耐圧の物を使おうとしたのですが、無負荷の場合、B+がほぼ400V近くになってしまいますので450V耐圧のブロック型電解コンデンサーを奮発しました。これもWEB SHOP 「ラジオ少年」の頒布品です。電圧の計算は、トランスの電圧×約1.4倍 です。今回の場合 250V×1.4=350V 整流して出てくるDC電圧は約350Vになります。ただこれはコンデンサーインプットの場合で、チョークインプットの場合は、ほぼトランスの電圧と同じ位のDC電圧が出てきます。今回の場合、コンデンサーインプットを採用しています。
電解コンデンサーも高電圧仕様は、とても高価ですから、コンデンサーの直列つなぎで耐圧を2倍、3倍と確保します。ただ容量は、二分の一、三分の一となります。また、各コンデンサーに同じ電圧が分圧されるよう分圧抵抗(100kΩ〜1MΩ)をコンデンサーに並列に入れる必要があります。
いずれにしてもダイオードを使って整流すると、真空管が暖まって動作する間の30秒くらいの時間、電源回路は無負荷になりますから、計算値よりも高い電圧が発生することが予想されますので、電解コンデンサーの耐圧は余裕をもたせた方が良いでしょう。
ダイオード 300V位の耐圧があればどんな物でも結構です。注意しなければならないのは、パーツショップでは、サージ電圧を表示して販売している場合があります。購入の際は、実際に使える電圧はいくらか確認しましょう。サージ電圧の3分の1くらいが使用出来る電圧です。電流は、1A、2A等大きいもので結構です。
真空管ソケット WEB SHOP 「ラジオ少年」で頒布している、1個20円の超特価品を使いました。このソケットは取り付けが特殊で、2.6mmのビス2本で止めてみました。強度的にはなんとかなりそうです。この形のソケットはどういう目的で作られたものなのでしょうか。ソケットの鳩目が、中継として使えそうですが、さすがにB+の配線には利用しないほうが良さそうです。
電源トランス | チョークコイル | 出力トランス | 電解コンデンサー | 変形7ピンMTソケット |
4 製 作
部品が揃いましたら早速製作に取りかかりましょう。どこに部品を配置するか、あれこれ考えながらシャーシーの上に部品をおいて見るのが一番楽しい時間ではないでしょうか。トランスはお互いの磁束から逃げるため、直角に配置するのが原則です。しかし、美観もありますから、在る程度妥協が必要になります。私の配置の例でも、出力トランスは平行に並べていますが、これを直角に配置するとどうも格好が悪く、原則に反しています。メーカー製では、斜めに取りつけて90度の角度を付けている例が見られます。鉄製ケースで囲んだ高級トランスは、完全シールドされているのでどのようにでも取り付けられますが、なにせ高価で手が出ません。
製作の手順の例ですが、
1 部品配置
2 シャーシー加工
3 部品の取り付け
4 アース母船の配線
5 電源回路の配線
6 低周波増幅部の配線
7 電力増幅部の配線
部品配置を考えます | トランスなどに傷が付かないよう保護 | アース母線を張ります |
というところでしょうか。一応アース母船みたいなものを張りましたが、この程度のゲインのアンプでは一点アースの必要がないでしょう。一点アースをする場合は、接地点は入力ピンの辺りになります。CR類は、後で見やすいように容量や抵抗値を見えるように半田付けしましょう。CR類は、特に平行にしたり直線的に配置する必要がありませんが、入力側(第一グリッド)部品や線と出力側(プレート)部品とは離すよう配置しましょう。メーカー製のアンプを見ると、なんのこだわりもなくおおらかな配線をしているように見えますが、さすがにポイントは押さえています。
ラグ版の使い方もメーカー製のアンプを見て置きましょう。必要最小限でありながら、空中配線のような部品は1個もありません。同じく、エンパイヤーチューブの使い方も参考になります。リードの端子への半田付けは、メーカー製は必ず曲げてあったり1回巻き付けています。勿論輸送の振動があっても絶対に外れないようにしてあるのです。しかし、回路や部品を取り替えてテストをすることの多い自作の場合は、巻き付けたりすると半田がはずせず、困ってしまいます。ほどほどにしておきます。
配線の線材は、基本的にはJISの標準色を使うと良いに超したことがありませんが、有り物の線を使う私たち自作派には無理があります。しかし、真空管アンプの場合結構高圧を扱いますので、B+だけは赤色の線や赤色のエンパイヤーチューブを使いましょう。
5 完成そして試聴
配線は、それほどゲインのないアンプですからあまり神経質にならなくてよいと思います。配線完了し真空管を差して、B+回路だけはテスターで絶縁状態を確かめておきます。電解コンデンサーの大きいのが入っていますのテスターの1MΩレンジ位で測ると、最初電解コンデンサーに電気がたまるまでサーと振れて50kΩ〜100kくらいの抵抗があれば問題ありません。それが、10kΩ以下を示すようなら、どこかに配線ミスがあります。0ΩならB+が何処かシャーシーやアース母線に触れてショートしています。じっくりながめて半田くずなどがショートの原因になっていないかしらべましよう。
電気を入れて各部の電圧を測ってみましょう。B+は、チョークコイルの直流抵抗は低いので、6AR5のプレートとスクーリングリッドには300V以上がかかっています。6AR5が正常に動作していれば、750Ωのカソード抵抗には、20V前後の電圧がかかっています。6BA6のプレートは150V位、スクーリングリッドには30V位、カソードには1V前後がかかっています。
6AR5の第一グリッドにドライバーでさわってみるとブーンと音が出ますか。6BA6の第一グリッドにドライバーを当てるともっと大きくブーンと音が出ます。入力ピンにさわってボリュウムを回すとブーンという音が大きくなりますか。
やっと完成です | 配線はあまり上手とはいえないのでピンボケで |
CDプレヤーと接続 | ICアンプと鳴き合わせをやってみます |
6AR5シングル×2のアンプは、どんな音がするのでしょう。とりあえず有り物のDVDプレヤーとスピーカーを用意しました。
早速、おじさんの好きな中島みゆきさんの「地上の星」をかけてみました。
けっこういけます。さすがに出力トランスが小さいので低音はやや薄いのですが、中音と高音はガラスのようにクリアーです。イコライザーが全く入っていませんので、本当に癖のない音です。
「それに2W×2 でもすごい音量だ!」
おじさんは、ボリュームを上げて感心してしまいました。同じ部屋に置いてあるICの6チャンネルのアンプは、総出力300Wとか取説に書いてありました。そのアンプには及びませんが、結構な音量なのです。ためしにYAMAHAのウーハースピーカー(アンプ内蔵)を付けてやると当たり前ですが低域が補強されていい雰囲気です。久しぶりの真空管アンプの音を聞いて満足して今夜はゆっくり眠れそうです。